40年以上に渡って世界中の投資家に読まれ続けている「ウォール街のランダム・ウォーカー」。このランダムウォーク理論のルーツを生み出した男がいます。それが、フランスの数学者ルイ・バシュリエです。彼は、史上初の試みである数学的な技法を使って株価の動きを証明しようとしました。ランダムウォーク理論とは、「株価を予測することはできない」といった定義のことを指します。
バシュリエは「市場価格の動きは、たとえ結果を知った後でも、説明することができない」と、投機家の数学的期待値はゼロであるとしたのです。
バシュリエの偉大なる発見は、“公平なゲーム”です。公平なゲームとは、「将来に賭ける市場での価格は、ある特定の瞬間においては、上昇するのと下落するのは同じくらいの確かさ」といった意味があります。
例えば、1980年代のカリフォルニアでマイホームを買っていた人は、高騰する不動産価格に対して「価値は高まる一方だ」という確信がありました。しかし、一つ一つの気配値について、買い手と同じくらいの売り手も存在していることを踏まえると、この価格高騰は“公平なゲーム”だったのです。売り手も買い手も一貫して、その相手方よりも将来のことを知っているはずがないと、バシュリエは確信していたのです。
バシュリエの理論はそこに留まりません。彼は「ある瞬間における価格上昇の確率は、価格下落の確率と全く同じである」と結論づけたのです。
市場は「最も妥当と考えられる価格」を探し始め、上下どちらかの方向へ動く性質があります。ここからが重要で、市場の変動の大きさは考慮する時間の長さが長くなるにつれ、より大きくなるということです。1分間では変動は小さく、1日から1週間、1カ月、1年へと長期になるにつれ、価格変動の幅が大きくなるのです。
バシュリエは、「変動幅は時間の長さの平方根に比例する」と述べており、このファイナンス理論は未だ語り継がれているのです。
古くから言われる投資の格言で、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と「一つのカゴに全部の卵を入れるべからず」があります。この2つの常識を統計的、確率的に解明した人物がいます。それがノーベル経済学賞を受賞した、ハリー・マーコヴィッツです。マーコヴィッツは、現代ポートフォリオ理論の基礎を築いた経済学者で、理論史に残る画期的な論文を残しました。
マーコヴィッツによれば、ほとんどすべての人は、生まれつき“リスク回避志向”であり、不確実性より確実に分かっている結果のほうを好ましいと思います。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と知っていても、損失を被るリスクを恐れてしまうのです。マーコヴィッツの考察が革新的なのは、「投資のすべてのプロセスにわたって、リスクこそが中心的な問題である」ということに気がついた点です。
リスク回避を考えた時、“分散投資”に目が向くでしょう。分散投資に関して、マーコヴィッツは、「高い共分散を持っている証券の一群に投資するのは、避ける必要がある」といいます。例えば、いろいろなデザインで異なる材質でできたカゴに卵を分散した場合、ポートフォリオは共分散が低くなり、リスクを最小化できます。
ある慈善事業基金は、1960年代後期に「人気50銘柄」のうち、ある一つの企業の株に大きな投資をしていました。当時米国で最も安定的な優良企業の中でも、トップクラスだったのが理由です。しかし、企業としての評価は正しかったのですが、株式としての評価は間違いであり、1973年から74年にかけての大暴落で痛い目にあったのです。マーコヴィッツのアドバイスを聞いて、ポートフォリオの価格変動を許容範囲に収めるように正しい分散投資を行っていれば、防げるリスクだったのです。
マーコヴィッツは「複数のカゴに卵を盛るべきだ」と主張しますが、投資家であれば誰もが「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という誘惑にかられます。一体、どうすれば投資家は、このジレンマから抜け出すことができるのでしょうか?
マーコヴィッツはこれに関しても答えを出しています。“定石”とも言われる理論が、次の通りです。
「投資家は分散をはからねばならないと同時にリターンを最大化すべきである、というものである。最大のリターンを与える複数の証券すべてに資金を配分するように、投資家は分散をはかるのである」。
これは、ノーベル賞を受賞したチャリング・クープマンズから習得した“効率性”という概念を応用したものです。効率性とは、所与のインプットに対する最大のアウトプット、または所与のアウトプットに対する最小のインプットを意味します。アウトプットとは、投資家がある資産を保有することにより、期待できるリターンのことを指します。
マーコヴィッツの“効率的ポートフォリオ”は、あらゆる与えられたリスクの度合いに応じて最大の期待を示す、つまり、期待リターンの水準に応じて最小のリスクを示すポートフォリオなのです。
今や投資の代名詞となったインデックスファンドですが、このインデックスファンドを有名にした人物がいます。それが、ボストン出身のイタリア系アメリカ人三世のユージン・ファーマです。
ファーマは、「株式や債券の価格は資産価格に対するあらゆる最新情報を折り込んだうえで決まる」といった視点から、市場は効率的だとする"効率的市場仮説"を提唱しました。これは、元祖マーコヴィッツの用語“効率的ポートフォリオ”よりも有名になった理論です。
効率的市場では、すべての入手可能な情報はただちに株価に反映されます。その結果、同一方向への連続した株価の変化、つまりトレンドはランダム変動に比べて、はるかに起こりにくいのです。理由は、投資家が情報を咀嚼し、それに基づいて行動を起こす過程が非常に遅いため、株価はその情報をすぐには反映しないからです。効率的市場は必ずしも合理的市場ではなかったのです。
ファーマは市場の効率性を検証するために、3段階の異なる方法を提示しました。
第一の検証は“ウィーク・フォーム”の市場効率性です。これは、「過去の価格変動が将来の価格変動を予想するための情報を漏らさない場合に、市場効率性が存在する」というものです。
次の段階の検証は“セミストロング・フォーム”の市場効率性です。明らかに公開された入手可能な情報を反映して、価格が調整されていくスピードが問題となります。
最後の段階の検証は、“ストロング・フォーム”の市場効率性です。一部の投資家が、価格形成に影響する重要な情報を独占的に保有することで、利益を得ることができたかどうか見ます。これは、「ある一部の本当に目先が利く投資家が金持ちになれるのかどうか」という疑問に答えることです。
ファーマはこの3つの検証を踏まえ、「価格に影響しうる情報に独占的にアクセスできるという状態は、投資の世界ではあまり見受けられる現象ではない」と結論づけました。
近年、ファーマは株価の波動現象の研究を行っています。比較的長い期間にわたり平均以下のリターンが続くと、次にはかなりの長期間にわたり、今度は平均以上のリターンが続くということがある程度の規則性をもって現れているといいます。
例えば、あるファンド・マネージャーたちは何をやってもうまくいき、他のファンド・マネージャーたちは何をやってもダメという傾向があったり、ある年にパフォーマンスが良かったファンドは翌年も成績が良い傾向があったり、その逆も然りといったものです。
何らかの一貫性をもって市場平均を上回る投資は、相変わらず至難の業であることは変わりありません。しかし現に市場平均を上回る投資家の数と下回る投資家の数は、確率で証明できているのです。
1 バシュリエの理論は「ある瞬間における価格上昇の確率は、価格下落の確率と全く同じである」
2 マーコヴィッツの理論は「投資家は分散をはからねばならないと同時に、リターンを最大化すべきである」
3 ファーマの理論は「株式や債券の価格は、資産価格に対するあらゆる最新情報を折り込んだ上で決まる」
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この本では現代ファイナンス理論の歴史を学ぶことができます。ノーベル賞を受賞した経済学者たちが金融市場をどのように理解しようとしたのか。これを知ることで、これからの投資に活かすことのできるポイントが多くあるでしょう。インデックスファンド投資についてもう一歩踏み込み、理論的な説明を知りたいという方に特にお勧めできる一冊です。- 橘 玲 -