主要な資産クラスのすべてにおいて、期待リターンは歴史的低水準にあります。しかし、この低期待リターンという課題は、多くの投資家にあまり意識されていないことかもしれません。それは、実現リターンが引き続き堅調であるためです。
数十年にわたって得ていた、棚ぼた的利益の借りを返さなければいけない時代が間もなくやってきます。まずは、低期待リターンという課題の背景を詳しく知っておきましょう。
何十年もの間、投資家は追い風を受けてきましたが、これからは逆風か無風かが問われる時代になってきています。ほとんどの資産で期待リターンが低いため、世界中の貯蓄者が退職時の資産目標を達成するのは難しいです。多くの専門家が期待リターンの低さについて、ここしばらく警告していました。しかし、特に米国市場は2010年代を通じてかなり潤沢なリターンを提供し続けていました。
割高な資産が割引率が低下することによって、さらに割高になってしまっているのです。リターン予測は過去に比べて低く、その状態は長く続いています。
この低期待リターンの根底にあるのは、世界金融危機以降の持続的な低成長・低インフレ環境です。主要な中央銀行がデフレ圧力に対処するために、金融緩和政策(ゼロに近い政策金利と量的緩和)を行っていることです。
ワールドルッキングな予測をすると、期初利回りが低いため、仮にバリューションの平均回帰がなかったとしても将来リターンは歴史的な低水準になります。バックミラーに基づいて予測をする投資家はより楽観的なリターン予測をしますが、その予測は失望を招く可能性が高いです。
ここ数十年には、実現リターンは期待リターンを上回っています。しかし、これは株式も債券も割引率が低下して割高になったという、棚ぼた的な利益のおかげです。また、現在のキャッシュ金利が異常に低いことは期待トータルリターンが低水準な一方で、リスク資産のキャッシュに対する期待超過リターンは特に低くない可能性があることを示しています。
もし、市場環境が正常化すれば、たとえば2030年には期待実質キャッシュ金利は再びゼロか小幅のプラスに、インフレ率は2〜3%となる可能性があります。その場合、株式のトータルリターンが同じであっても、キャッシュに対して約2%低い期待株式プレミアムを意味することになります。
この低期待リターンという課題に直面する投資家の典型的なタイプとして、「確定給付型(DB)年金」「個人投資家(確定拠出型年金に投資)」「大学基金(エンダウメント)」の3つを取り上げます。どの投資家タイプも、将来の負債または支出計画に対応するための投資を行います。この共通の投資目標以外には様々な違いがあるのです。
低期待リターンという課題が各タイプの投資家にどのような打撃を与えていて、またこれらの投資家がこの課題にどのように対応しているのかを説明します。投資家タイプ別の影響をとらえ、投資のアプローチを理解していきましょう。
先にまとめを書いておくと、確定給付型年金は低期待リターンによって債券利回りの低下が負債価値を高めて積立不足に陥る影響を受けています。明示的な負債のない資産中心の個人投資家や大学基金は、本格的な洗礼を受けるのはまだ先です。実際に、個人投資家や大学基金が強い影響を受けるのは低い資産リターンが実現するときでしょう。
確定給付型(DB)年金にとって、この問題は積み立て不足という形で現れます。2000年ごろには多くのDB年金は大幅な積み立て余剰でしたが、債券利回りの持続的な低下と推定寿命の長期化のなかで十分な拠出がされずに大幅な積み立て不足が恒常化したようです。
公的年金は割引率が資産の期待リターンに対する想定によって決まるため利回り低下の影響は大きくありませんでした。だからといって、積立比率が改善するわけではありません。割引率が高いにもかかわらず、米国の公的年金の平均積立比率は2001年の102%から2010年には76%、2020年には72%に低下しているのです。
さらに悪いことに、公的年金の積立比率には基金によって大きな差があります。最も低いものは期待リターンベースの割引率にもかかわらず、50%を大きく下回っています。これらの基金がいつ底をつくのか、そしてその時どうなるのかを想定する必要があるのです。
問題なのは1990年代の実勢を外挿することで、多くの意思決定者が「市場リターンが年金の面倒を見てくれる」という希望的観測をしたためです。政治家にとっても、スポンサー企業にとっても、将来の年金を過大に約束し年金拠出を過少にするのは簡単な決定です。しかし、そのツケはずっと後になってやってくることになります。
個人投資家(DC貯蓄者)は年金貯蓄における投資リスクと長寿リスクを追わなければいけません。低リターン環境の主なインパクトは、単純により多く貯蓄しなければならないということです。
試算によると、低期待リターンという課題によってある退職所得目標に必要な貯蓄率はほぼ2倍になります。具体的にいうと、Ilmanen-Rauseo-Truax(2016)は「最終所得75%の代替率を目標とする投資家は、毎年の給与所得の8%を貯蓄しなければならない」と試算しています。
この試算は、実質リターン5.5%という基本ケース(中央値)で成り立ちます。これを今の低期待リターン(2%低い3.5%)ならば、必要とされる年間貯蓄率は15%になります。また、退職所得目標を達成する確率を50%以上にしたい場合は、必要とされる年間貯蓄率は給与所得の20%にもなってしまいます。
直感に反しますが、定年後の目標を達成するためには、投資機会が魅力的ではない時期にこそ多くの貯蓄をする必要があることを覚えておきましょう。
大学基金(エンダウメント)のような資産プールは、その暗黙の負債を考慮しなければ比較的高い実現リターンという過去を満足げに振り返ることができます。これまでに発生した問題は、一時的なものであり、迅速な回復には低流動性資産の評価および支出ルールの平滑化も助けとなりました。しかし、運用報酬が高すぎること、すべての大学基金が上位の運用会社を見つけて採用するのは不可能であるという理由で、批判的な声があります。
思慮深い大学基金は市場の実質リターンがたとえば3%しか得られないなか、5%の支出ルールを維持できるのかを自問しています。いまのところ、実現化はしていませんが、近い将来に大学基金は資本を食いつぶしていく覚悟を問われるでしょう。
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