行動ファイナンスのエキスパートが説く行動科学のメソッドから、行動リスクの5分類とそれを最小化するためのプロセスに焦点を当てます。
パッシブ運用とは、ファンドのポートフォリオが市場インデックス(例:S&P500)を反映するか、あるいは少なくともインデックスのパフォーマンスを反映させようとするアプローチのことだ。パッシブ運用の根本的な考え方は、効率的市場仮説(EMH)に通じるものがある。EMHでは、金融市場ではすべての関連情報が迅速かつ効率的に価格に組み込まれるため、実質的に銘柄の選択は無駄な努力になると主張する。
パッシブ運用は、コストのかかるリサーチやスター・ファンドマネージャーを避けているため、アクティブ運用よりもはるかに低コストで実施しやすい。また、どのような時間枠で見ても、アクティブファンドに運用成績で勝っている。少量の手数料でリターンも目覚ましいのだから、ウォーレン・バフェットをはじめとする多くの投資家が、個人投資家の最良の選択肢としてパッシブ運用を推奨しているのも無理はない。だが、この賢明なアプローチにも弱点はある。
投資へのアプローチはその土台となる考え方が何よりも重要だが、EMHの中心的な考えである「株価は常に正しい」という概念が滑稽なほど誤っていることは、金融史が証明している。
今から400年以上前、チューリップの球根1個が熟練労働者の年収の10倍で取引されていたことがあった。当時の記録によれば、この商品は12エーカーもの一等地の農地や、戸建て住宅一棟と交換されたこともあった。「チューリップ・バブル」と呼ばれている。
EMHの基本的な前提が明らかな誤りである以上、この前提に基づいて構築された投資手法に改善の余地があるのは当然である。
インデックスは、不可侵なプロセスによってつくられたものだと思うかもしれない。だが、S&P500の
ようなパッシブインデックスには、実際にはパッシブではないという隠れた事実がある。
S&P500はルールに基づいていたり定型的でもなく、スタンダード・アンド・プアーズ社の委員会のメンバーによって選ばれたアクティブ運用のポートフォリオだということだ。
ハイテクブームが最高潮に達した2000年には、S&P500に追加された58銘柄のうち24銘柄がNASDAQのハイテク銘柄だった。さらに同委員会は、AOLのような人気があるが収益性の低い企業を追加できるように、数少ない規則を無視した。その直後、これらのハイテク株は壊滅的に下落した。2000年3月から2002年3月にかけて、株価は平均して20%上昇したが、ハイテク株中心の構成になったS&P500は20%下落した。
パッシブ運用は私たちが思っているほどパッシブではなく、アクティブ運用と同様、リターンを追い求めるなかで経験するあらゆるリスクにさらされる可能性があると言える。
アクティブ運用とパッシブ運用にはどちらにも長所と短所がある。アクティブ運用には卓越したパフォーマンスやリスクの管理が期待できるし、パッシブ運用も手数料が安く、ターンオーバー〔銘
柄の入替割合〕が低いという利点がある。インデックス投資を含め、あらゆる投資がアクティブで
あるとするならば、どちらの投資手法がいいかという言葉上の議論をするよりも、何が機能し、何が機能しないかを議論し、利用できる利点はすべて利用しようと考えるほうがはるかに合理的だ。
パフォーマンスを発揮する投資手法には、分散投資、低ターンオーバー、低手数料、行動バイアスへの考慮、といった特徴が見られる。アクティブ運用とパッシブ運用の投資手法の最良の部分を融合させ、最悪の部分を取り除けば、投資家の行動を考慮し、取引コストを最小限に抑え、広範な市場をアウトパフォームすることを目指す、適度な価格のオプションを実現できる。それが、RBIのアプローチだ。
アクティブ運用とパッシブ運用の望ましい部分を組み合わせた、行動リスクを制約するモデルを、ルールに基づいた行動科学的投資(Rule-based Behavioural Investing)、略して「RBI」と呼んでいる。
投資でパフォーマンスを向上させるにはリスク管理が欠かせない。投資リスクには大きく分けて、システマティック・リスクとアンシステマティック・リスク(非システマティック・リスク)がある。
システマティック・リスクは「市場リスク」とも呼ばれ、特定企業ではなく、市場全体の動きの結果として損失を被る可能性のことである。分散投資もシステマティック・リスクをすべてカバーはできない。このリスクには自然災害のような「不可抗力」的な事象も含まれているからだ。
アンシステマティック・リスクは「ビジネスリスク」とも呼ばれ、個々の株式銘柄への投資が価値を下落させる可能性である。このリスクは分散投資によってヘッジできるし、そうすべきである。
よく知られた前述の2つのリスクと同じくらい重要な第3のリスクが「行動リスク」である。行動リスクとは、自分の行動によって資産に恒久的な損失が生じる可能性のことである。つまり、システマティック・リスクは市場の失敗、アンシステマティック・リスクは個別銘柄の失敗、行動リスクは自分自身の失敗である。
行動リスクは以下の5タイプに分類される。
1.エゴ
2.情報
3.感情
4.注意
5.保護
あらゆる行動リスクは、この5つのリスク因子のうちの1つ以上を核としている。この分類は本書独自のもので、行動科学の知見に基づく投資管理プロセスを構築するための重要な出発点になる。これらの行動リスクを理解し、対処しながら投資をすることで、行動リスクをうまく取り除けるようになるだろう。5つのタイプのそれぞれについて細かく見ていこう。
このリスクは、適切な意思決定よりも、自分自身のプライドを満たすことを優先させようとするために生じる。過度に集中したポジションや、過剰売買、過剰なレバレッジの使用といった形で表面化する。
エゴリスクの例
・選択支持バイアス
過去の投資判断を肯定的に評価し、選択しなかったことを低く評価する傾向のこと。
・過信
自分には実際以上の能力や知識があると感じること。
・確証バイアス
自分の投資判断の正しさを裏付ける情報を探し出そうとし、不都合な情報を無視しようとする傾向のこと。
情報リスクは、不完全なデータや欠陥のあるデータ、または誤った重み付けをされたデータによって、同じく欠陥のある意思決定が行われる場合に発生する。人間の心はクリーンなデータさえも歪めることがある。情報リスクは、確率に対する無知(事前確率の無視)、情報は多いほど優れているという誤っ
た認識、そして最も致命的なのは、自分自身のバイアスに無自覚であることといった形で現れる。ポートフォリオ・マネジメントでは、ポジションの複雑さや流動性を誤解したり、プロセスより結果に注目したりしてしまう。
情報リスクの例
・事前確率の無視
目を引く情報を優先し、確率を無視する傾向のこと。
・情報バイアス
投資判断をする際に、どんなに些細なものでも、情報が多ければ多いほど良いという誤った思い込みのこと。
・曖昧さ回避
未知のリスクよりも既知のリスクを好むこと。
感情リスクは、私たちのリスクに対する認識が、一時的な感情状態や、ポジティブまたはネガティブに傾く個人的傾向に影響を受けているという事実から生じている。感情は選択を促すのに重要な役割を果たしていることがわかっている。大切なのは、感情から完全に自由になることではなく、ストレスやパニック、何かを逃すことへの恐怖に対する個人の感受性を理解することだ。
感情リスクの例
・感情ヒューリスティック
現在の感情の状態にリスク認識が影響を受ける傾向のこと。
・共感ギャップ
意思決定時に、感情の影響を過小評価し、論理的思考を過大評価すること。
・楽観主義バイアス
「自分は他人よりネガティブな出来事を経験しにくいはずだ」という誤った思い込み。
注意リスクは、投資判断をする際、情報を相対的に評価し、確率より顕著性を優先させることから生じる。「サメに襲われる」といった起こる確率は低いが危険度が高いものに注意を奪われ、「ファストフードチェーンでの食事」のような起こる確率は高いが危険度が低いものが無視されやすい傾向を意味している。投資における注意リスクの具体例を探すには、国内株式への過度の依存、過度の相関、集団的なパニックの瞬間の投資に注意すると良い。
注意リスクの例
・アンカリング
投資判断を行う際に、最初に目にした情報(たとえば、株式に支払った価格)に過度に依存する傾向があること。
・注意バイアス
あるテーマについてよく考えていると、それを過度に重要だと見なしてしまう傾向のこと。
・ホームバイアス
国内銘柄を、外国銘柄よりも安全でわかりやすいと見なしてしまうようなバイアスのこと。
保護リスクは、損失と利益、変化と現状維持についての私たちの非対称的な選好によって生じる。人は負けるよりも勝つことを好み、新しい方法より古い方法のほうを好む。そのせいで、現実を正しくとらえる能力が歪められている。変化や喪失に対する人間の嫌悪感は、原始的な本能に根ざしている。保護リスクの餌食になると、勝ち株を早く売りすぎたり、負け株を保有しすぎたりする。このリスクに対処するには、こうした行動の傾向が自らにあることを認識し、克服しようとする意図的なプロセスを実施
するしかない。
保護リスクの例
・損失回避バイアス
利益と損失の非対称的な関係。利益で得られる喜びより、損失で生じる痛みのほうがはるかに大きいと感じる。
・現状維持バイアス
人間には現状維持を好む傾向があること。
「アクティブ投資かパッシブ投資か」という議論は時代遅れであり、投資では何が有効で、何が有効ではないかについて考察すべきだ。また、有効な投資戦略には「分散投資」「低手数料」「低ターンオーバー」「行動バイアスへの考慮」といった特性があり、従来のリスクだけではなく、私たち自身の行動も、ビジネスリスクや市場リスクと同じくらい大きなリスクになり得る。そのため私たちは、「感情」「エゴ」「誤情報」「見当違いの注意」「人間の生得的な損失回避傾向」に対抗するためのプロセスを構築しなければならない。
行動リスクに対処するためのはるかに信頼できる方法は、5つの側面のそれぞれを考慮するRBIというシンプルだがエレガントなプロセスを確実に実行することだ。このプロセスは「4つのC」によって簡単に覚えられる。行動リスクを打ち破るのに役立つ、ルールベースの行動科学的投資手法における4つのCは次の通りだ。
教育や意志の力に任せるのではなく、行動リスクの5側面すべてをシステマティックな方法で回避しようとすること。
「単純な公式に基づいたほうが、良い投資先を選択できる」というものだ。ファンドの売買、保有、再投資に関する体系的なパラメータを設定し、それに忠実に従うのだ。
情報リスクや注意リスクに対処するために、自己裁量的アプローチで好まれやすい顕著だが可能性の低いデータではなく、単純だが可能性の高い変数に焦点を当てること。
投資における大きなパラドックスは、市場の巨大な複雑さに対する唯一の合理的な対応は、最も重要なごく少数のことを一貫して行うということである。投資運用を複雑にすることは、高度で難しいものに憧れる人間心理にとっては魅力的だが、投資家にとってはほとんど役に立たず、むしろ害になるのである。
感情リスクと保護リスクによって生じた恐怖や、感情に従うことでマーケット・タイミングを見誤るのではなく、データに基づいたRBIアプローチを採用すること。
株は安く買って高く売るべきだが、実際には、個人投資家や機関投資家がタイミングを見誤り、逆のことをしているのは明らかだ。したがって、人間の基本的な衝動に左右されないことを目指すシステムでは、二つの具体的な勇気ある行動に投資家を導かなければならない。一つは、誰もと同じ行動は取らないこと。もう一つは、ほぼすべての期間で投資を続けることだ。
少なすぎる分散投資という思い上がり(エゴリスク)と、市場全体を所有するという不合理で恐怖に基づくニーズ(感情リスク)を避け、ハイ・コンビクションの投資方針に従い、アウトパフォームを目指すこと。自分のポートフォリオに信念や確信を持つべきだということを指している。
このコンビクションは、具体的には、1つ、2つの銘柄のみを保有するという大胆な方法と、すべての株を所有しようとする消極的な方法のあいだのどこかに存在する。25から50銘柄をハイ・コンビクション(高い確信度)に基づいて保有するのが、アウトパフォームの可能性と同時に、インデックスとの真の差別化をもたらす方法だと言えるのだ。
分散投資は過度になるとパフォーマンスの足を引っ張り、少なすぎるとリスクが高くなる。分散投資は投資の世界において「野菜を食べる」ようなものだ。ハイ・コンビクションの分散投資は、ちょっとしたスパイスになる。
ひとつのセクターに集中しすぎないように気をつけて、20~30銘柄で構成するポートフォリオをつくる。これが警戒すべき行動リスクとポートフォリオの構築プロセスだ。
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