資産運用業界のプロが基礎知識として持っている「考え方」が「ファイナンス理論」です。
「ファイナンス理論」という言葉は、投資や金融に関わる多くの理論の総称であり、「ファイナンス理論」といった1つの理論があるわけではありません。
本書では資産運用の基本となる以下3つの理論について解説しています。「理論」というとなんだか大げさですが、要するに「考え方」です。
(1)プライシング理論:割高、割安を判断する。
(2)ポートフォリオ理論:どのような投資対象にいくら投資すればよいかを決める
(3)リスク管理:致命的な損失を避ける
プライシング理論は、投資しようとしている株や債券、あるいは事業や不動産などの「本来の価値」はどれくらいなのかを推定するための理論です。例えば株式投資では、割安な株を買い、割高な株を売るというのが大原則です。
そして、割安・割高を判断するためには、株の持つ実力、つまり「本来の価値」を知る必要があります。プライシング理論は「本来の価値」を推定するための理論です。本来の価値を推定できれば、本来の価値と比べて高い値段で取引されている株は割高、低い値段で取引されている株は割安と判断することができます。
「本来の価値」のことを、ファイナンスの世界では公正価値と呼びます。世の中には様々な投資対象がありますが、公正価値を求めるための基本的な考え方はどれも同じです。
基本的な考え方は、「投資対象をお金の流れ(キャッシュフロー)に置き換えて考える」というものです。ファイナンスの世界では、すべての価値をお金で測定します。
例えば”牛”の価値について考えてみましょう。牛一頭のお乳を絞って売ることで年間50万円稼げるとします。そして、5年後に肉用牛として10万円で売却されるとしましょう。すると、最初の4年間は毎年50万円ずつ収入があり、5年目は60万円の収入となります。牛を買うことで得られる収入は総額260万円になります。状況を簡単にするため、支出はないものとします。
ファイナンス理論では投資対象の価値を測る際に、その投資対象のキャッシュフローを系列に置き換えて考えます。そうすることで、あらゆる投資対象の公正価値を同じ枠組みで考えることができるからです。
投資対象の公正価値を推定する際は、投資開始時点から見て将来の時点で発生するキャッシュフローのみを考えることになります。将来時点で発生するキャッシュフローのことを将来キャッシュフローと呼びます。
先ほどの牛の例で総額260万円のキャッシュフローが得られることがわかりました。では牛の公正価値は260万円と考えていいのでしょうか。答えは「ノー」で、それより低い値になります。なぜかというと260万円は5年待たないと全額は手に入らないため、その分の不便さを考慮して価値を割り引いて考えなければいけないからです。
なぜ、すぐ入ってこないお金を”不便”と考えるのかというと、手元にないお金は投資に使えないからです。今手元にあるお金は、投資によって増やしていくことができるので、将来得られるお金よりも価値が高いのです。
将来キャッシュフローを現在手元にあるお金の価値に換算した値のことを、将来キャッシュフローの割引現在価値と呼びます。割引現在価値は、キャッシュフローの「値段」と考えてもらうとわかりやすいです。
プライシング理論では投資対象をキャッシュフローの系列に置き換えて考え、それぞれのキャッシュフローの「値段」、つまり割引現在価値を計算します。そして、投資対象そのものの価値は、その投資対象が生み出す将来キャッシュフローの割引現在価値の合計と考えます。
割引現在価値は将来キャッシュフローをもとの金額から割り引いて考えるだけの話です。将来キャッシュフローの割引現在価値を計算するためには、割引率を決めなくてはなりません。そして、投資家がその投資対象に期待する収益率によって、割引率が決まってくると考えます。
収益率とは、その投資によって儲かった金額を、もともと投資した金額で割ったものです。投資家たちはこれくらい儲かるはずだという予想(期待)を立てて投資を行います。このように、投資家がその投資に対して期待している収益率のことを、期待収益率といいます。プライシング理論では、この期待収益率を割引率として使うのです。
ファイナンス理論では、期待収益率はリスクの大きさで決まると考えます。リスクが高い投資は高い期待収益率、リスクの低い投資は低い期待収益率が要求されるのです。リスクが増えた場合に期待収益率がどのくらい増えるかは、時代や市場環境によって変わってきます。その時々によって「相場」があるわけです。
期待収益率を考えるときは、その投資対象が持つリスクに注目すれば良いということになります。
ここまでの話をまとめましょう。手元にあるお金を期待収益率で運用できると考え、将来キャッシュフローを生み出すのに必要な現在時点での金額、すなわち割引現在価値を求めます。あとはすべてのキャッシュフローの割引現在価値を合計すれば、それが公正価値ということです。
将来キャッシュフローの割引現在価値を合計することで公正価値を得る方法をディスカウント・キャッシュフロー法、または、英語表記の頭文字をとってDCF法と呼びます。このDCF法がプライシング理論の基礎となっています。
プライシング理論はとても大切な理論なのですが、それだけで投資を行うことはできません。なぜかというと株、債券、不動産、為替などたくさんある投資対象の中からどれを選ぶべきか、また、どの資産にいくら投資すべきかについて、プライシング理論は教えてくれないからです。そういったことを教えてくれるのが、ポートフォリオ理論です。
ファイナンス理論における「ポートフォリオ」という言葉は、投資家が保有している現預金・株式・債券・不動産の資産の一覧や、その構成比率を意味します。
ポートフォリオの公正を決めるには、まず、投資する資産クラスを決め、それぞれの資産クラスの中で、どの銘柄にいくら投資するかを決めます。その際に役立つのが、ポートフォリオ理論です。
ポートフォリオ理論は、投資家にとって最適なポートフォリオを構築するための理論です。投資家にとって「最適なポートフォリオ」とは何かというと、安定的に収益を生み出すポートフォリオとなります。
ポートフォリオのリターンを安定させるためには、「いろんな資産クラスや銘柄に分散して投資すること」が重要です。
ポートフォリオを構築するための理論は様々です。その中でも最も古く、かつ最も広く知られているのが「資本資産価格モデル」です。英語の頭文字を取って「CAPM(キャップエム)」と呼ばれます。CAPMは、ポートフォリオ理論の中では最も基本的なものであり、他のモデルを理解する上でもCAPMの理解が土台となります。
CAPMのポイントは、いくら儲かりそうか(期待リターン)という点に加えて日々のリターンのぶれがどれくらい激しいか(リスク)という側面にも着目し得配分比率を決める点です。リターンとリスクのバランスを理論的に整理し、合理的に投資を行う手法を示したわけです。
CAPMでは、すべての資産を「無リスク資産」と「リスク性資産」に分けて考えます。無リスク資産とは、現預金や主要先進国の国債など、最も安全性が高いと考えられる資産クラスのことです。リスク性資産とは、それ以外のすべての資産を指します。
ポートフォリオを構築するという課題は「(1)リスク性資産の中で、何をどれだけ保有するか」と「(2)無リスク資産を何割、リスク性資産を何割保有するか」に分解して考えることができます。
リスク性資産の構成比率は市場ポートフォリオと一致させるべきというのがCAPMの結論です。市場ポートフォリオとは、市場に存在するすべてのリスク性資産を、時価総額に比例して保有するポートフォリオのことです。
そして、無リスク資産の割合を調整することでポートフォリオ全体のリスクを調整します。つまり、安全性を重視するほど無リスク資産の割合を高くすべきだと考えます。場合によってはレバレッジを活用して、より高いリターンを狙うことも可能です。
ポートフォリオ理論にはCAPMの他にも様々なバリエーションがあります。それぞれの理論を理解するための近道はCAPMとの対比で考えていくことです。モデルの違いは「どのようなリスクをリターンの源泉とみなすか」についての考え方の違いからきています。
マルチファクターモデルはリターンの源泉を複数考え、それぞれに対応するファクターが登場します。CAPMは市場リスクプレミアムという、たった1つのみですべての証券を説明しようとしているため、現実の市場における様々な証券の動きとCAPMの当てはまりがよくないです。
マルチファクターモデルでは、分散投資で消すことができないリスクが複数種類あり、それらがリターンの源泉になると考えます。マルチファクターモデルの考え方を理論的に整理したものが、最低価格理論(APT)と呼ばれる理論です。
この理論は、「経済的に同じ価値を持つ証券は、同じ価格になる」という無裁定の考え方が根拠になっています。そして証券の期待リターンが各ファクターの証券のリスクによって決定されます。つまり、証券の期待リターンをファクターの式で表せるのです。
実際にポートフォリオを構築する際には、それぞれのファクターごとにどれくらいの証券のリスクをとるかを考えることで投資比率を決めていきます。ポートフォリオ全体でどれくらいの証券のリスクを取りたいのかを決めれば、投資比率が決まってくるわけです。
最小分散ポートフォリオとは、ポートフォリオの投資比率を変えていって、標準偏差が最も小さくなった時点の投資比率を採用するという方法です。マルチファクターモデルでは期待リターンとリスクの両方を考えていますが、期待リターンについて信頼のおける推計値を求めることは難しいです。
一方で、その資産の価格がどれくらい激しく動くか、つまりリスクについては比較的推計しやすいとされています。そのため、リスクの情報だけで、ポートフォリオを構築しようという考え方の一つが、最小分散ポートフォリオです。
投資を行う際は、リスクを適切なレベルに保つように管理する必要があります。“適切な”レベルというのは、ポートフォリオのリスクが低すぎると目標リターンを達成できず、高すぎると大きな損失を被ってしまう可能性を抱えることから、その中間の程よい落ち着きどころということです。
そのために、投資から生じるリスクをモニタリングし、適切な水準に維持するリスク管理が重要になってきます。ファイナンス理論では、良い方・悪い方といった方向に関係なく、想定と異なる可能性になる可能性のことがリスクです。
起こり得る出来事とその確率が分かっている場合は“リスク”、分かっていない場合は“不確実性”と呼んで区別します。ファイナンス理論で取り扱うのは“不確実性”ではなく“リスク”の方です。
リスク管理は2つのパターンを別々に考えて管理を行うのが一般的です。1つめは金、金融市場における株価や債券などの日々の値動きによって損得が生じる場合。2つ目は、取引相手の債務不履行(デフォルト)によって、貸したお金が返ってこなくなってしまうことで損をする場合です。パターン1は市場リスク、パターン2は信用リスクといいます。
市場リスクはポートフォリオの価値が変化するリスクです。リターンは日々ぶれるものだという事実を数学の言葉に置き換えてファイナンス理論を取り入れる必要があります。そして、資産やポートフォリオのリターンが正規分布に従うと仮定して話を進めることが多いです。
平均的なリターンになる確率が最も高く、平均から乖離したリターンになる確率が低くなるというふうに、将来のリターンが確率を使って表されます。どんな値を取り得るかが確率で示されている数値を確率変数といいます。ファイナンス理論では、将来のリターンを確率変数だと考えるのです。
将来のリターンが正規分布に従うとするならば、確率密度関数の面積が将来リターンを表します。また、正規分布においてはリターンが標準偏差以内に収まる確率は68%になります。
長い投資期間の中では市場が大きな変動に直面し、ポートフォリオの価値が大きく下落することも起こりえます。そのような「非常事態」の場合については、標準偏差だけを考えていたのでは対応しきれません。
「非常事態」とは証券またはポートフォリオの価値が大きく下落する場合です。確率はそんなに高くないけれど、起きると証券またはポートフォリオの価値が大きく下落してしまうので、きちんと対処しなければいけません。このような場合に用いられるのがバリュー・アット・リスク(VaR)という概念です。VaRは、リスク管理の実務において最も広く使われる指標となっています。
しかし、価値がゼロになってしまう可能性を気にしすぎると、何にも投資を行えなくなってしまいます。非常に低い確率で起こる損失は無視して、具体的な基準(優位水準)を決めましょう。
VaRではある期間のポートフォリオを保有した場合、最大でどれくらいの損失が見込まれるかを表しています。そして、どれくらいまでシビアな状況を考えるかは優位水準によって決められるわけです。
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