本書はベンジャミン・グレアムの著The Intelligent Investerを邦訳したものである。ベンジャミン・グレアムは米国で“証券分析の父”と言われる人物で、本書は1949年に初版が出て以降、個人投資家やウォール街の金融プロフェッショナルの間では今なお、投資バイブルとして読み続けられている。つまり、それは70年経った今も投資の本質的な基本は変わらず普遍的なものであるということだろう。
バリュー投資の創始者と呼ばれたベンジャミン・グレアムは、多くの弟子たちを育て上げてきたが、その中には伝説的な投資家、ウォーレン・バフェットも名を連ねている。彼はベンジャミン・グレアムの死を悼み、「父以外で最も影響を受けた人」と賛辞を送っている。
生涯を通じて投資で成功するためには、知能指数がずば抜けて高い必要もなければ、人並み外れた洞察力を持つことも、内部情報に通じている必要もなく、必要なのは意思決定のための適切なフレームワークと、そしてそれを邪魔する力から感情を一定に保つことができる能力である。
本書の目的は、そんな投資戦略を決定したり、それを実行に移すための手法を投資初心者にも理解できる形で示すことにあり、証券分析に関してはあまり触れずに、主として投資の原理や投資家の取るべき姿勢を取り上げ、読者が大きな過ちを犯すことのないように導き、不安なしにいられる投資方針を作り上げることにある。
まずは「投資家」とは何者なのか。本書では「投資家」という言葉を「投機家」と明らかな一線を画して使用する。
投資とは詳細な分析に基づいたものであり、元本の安全性を守りつつ、かつ適正な収益を得られるような行動を指す。そして、この条件を満たさない売買を投機行動と定義する。
我々は長い間この定義を変えることはなかったが、世の中の「投資家」という言葉をめぐっては、市場背景により大きく変化してきた歴史がある。
1929〜1932年にかけて市場が大幅に下落した際には、あらゆる普通株は投機的という見方が大勢を占めた。しかし、その後1950年代から60年代にかけての株価成長時代には一転し、「株は安全かつ利益が生まれるもの」との認識から投資的という見方が広がっていった。我々はこのように刻々と変化する世の中の「投資家」の認識から読者を守らなければならない。
実に皮肉なことに、歴史上、世の中の市場が冷え込み、普通株が最も魅力的な値段で売りに出され、そしてまもなく歴史的な価格高騰が始まろうとしているときに買うことが投機的と言われ、逆に過去の経験から間違いなく危険水準まで市場が上昇しているときに買うことを投資と呼ぶことが多い。市場がどんな状況であろうと、我々の定義する「投資家」であり続けることが重要である。
ただ、もちろんリスクのない投資がないのも事実であり、投資家は自分の保有株には少なからず投機的な要因があるということを認識していなければならない。その要素を最小限に抑えると共に、いつやってくるか分からない来たるべき逆境に対して、財務的そして心理的に備えるのも投資家の大事な仕事である。
「投資」を定義した次は、2種類の投資家について定義する。一つ目は防衛的投資家で、これは安全かつシンプルな投資を好む人を指す。そして二つ目の積極的投資家とは、これとは逆に防衛的投資家よりも大きな利益を得ることを望み、手間と時間をかけて平均以上のリターンを狙う投資家を指す。
どちらの投資家についても前項の「投資」の定義を守っていれば賢明なる投資家と呼ぶことができるが、ただ、読者が積極投資家となって、世界中の投資のプロと戦うとなれば多大な時間と努力を要し、そしてそれを継続する忍耐が必要となるだろう。このため、多くの読者には防衛的投資家を目指すことを勧める。そして、防衛的投資家になると決めたのなら、積極的投資になることをきっぱりと拒まなければならない。これは、この後でも述べるが、積極的投資の誘惑を断ち切り、将来を予測するという怪しげな能力を放棄するというのが、今後最も強力な武器となるからだ。
次に、防衛的投資の投資戦略について説明すると、まず超優良債券と主要株式銘柄に分けて投資すべきだということ。次にその際、債券の割合を25〜75%とし、残りを株で保有するということ。さらにもっとシンプルなのはこの二つを半々で保有するという選択である。つまり、基本スタンスを債券50%株50%とし、弱気相場なら割安となった株の比率を上げ最大で75%、債券25%、強気相場と見た場合は株式25%、債券75%といった具合に調整を行う。
ポートフォリオは、通常その人間の姿勢や性格によって基本的特色が決まる。最も保守的なものとしては、銀行預金や保険、そして信託ファンドなどが挙げられる。古くからリスクを取る余裕のない人は、投資資金に対して相対的に少ない収益で満足すべきであると言われていたが、我々の認識は違う。むしろ収益率というのは投資家が投資に対しどれだけ自発的に知的努力を注げるかにかかっているはずである。元本の安全を第一に考え、煩わしい努力を嫌う受動的な投資家は、最低限の利益しか得られない。
防衛的投資家のポートフォリオ作成方針については前述の通り、優良債券と優良普通株に振り分けて投資するように、債券対株式を25〜75%割合で調整すべきであり、基本的には50対50が望ましい。
昔ながらの考え方によれば、長引く弱気相場によって株価水準が「割安」となったときには、株式の割合を上げるのが堅実な選択と言えるだろう。逆に相場水準が高くなったと判断すれば株式の割合を50%以下に下げよということになる。
ただ、こうしたやり方は、言うは易くとも、いざ実行するのは難しいものである。なぜなら、そうしたやり方は強気相場や弱気相場を生み出している人間の本質に反しており、これをごく一般的な投資家が実行するのは非常に困難なことなのである。
というのも、過去の大幅な上昇および下落局面において、ほとんどの人間はこれとは逆のことを行ってきており、我々は今後もこうした状況は変わらないと考えている。
これを踏まえて考えると、投資家とは自分の持ち株が高値になったとき、愚かで哀れな投機家に売り、株価が下落したところで彼らから買い戻すという、経験豊かで機敏な人々だと定義できるかもしれない。
防衛的投資家のポートフォリオに組み入れる普通株銘柄を選ぶにあたっての4つの基準を挙げていく。
(1)十分な、しかし過度にならない程度の分散投資を行うこと
例えば、分散と管理のバランスから10〜30銘柄くらいが望ましい。
(2)財務内容の良い有名な大企業を選ぶこと
「財務内容が良い」とは自己資本比率50%以上。鉄道や公益企業などの安定性の高い企業であれば30%以上までは許容できる。そして、「有名な大企業」とは業界内で主たる地位を占め、その業界内で1/3〜1/4以上の規模があることが望ましい。
(3)長期にわたる継続的な配当金支払いの実績があること
具体的に言うと、少なくとも20年以上継続して配当が支払われていることを目安にすれば良いであろう。
(4)過去7年程度の平均企業収益に照らして支払うべき価格の上限を決めること
この上限価格として我々が目安としているのは、過去7年間の平均企業収益の25倍以内、そして過去12ヶ月の企業収益の20倍以内の株価とする。
4つ目に関してはこの基準に照らし合わせると、ほとんど全ての有力人気銘柄が投資不適格ということになってしまう。特に、投機家と機関投資家の双方にここ数年人気の高い「成長株」の範疇に含まれる銘柄を実質的にすべて除外しないとならなくなる。このような思い切ったことを提唱する理由を次に述べる。
「成長株」という言葉は、過去に一株当たりの利益が一般の株式よりもずっと高い割合で増加してきており、かつ将来的にもその状況が続くと見込まれる株式のことを指している。誰が見ても、こうした株式は買って保有する魅力のあるものだ。ただし、法外な価格でなければ、という条件が付く。そしてもちろん、問題はここにある。というのも成長株は直近の収益に対して長期にわたり高値で売られてきており、そして過去の収益と比較すると株価はさらに高い倍率となっているからである。このことによって成長株全体の投機性が相当に高まり、成長株の売買で成功するのは非常に困難な状況となっているのである。
例えば長期間にわたり成長株と目されていたIBM株。かつてこれを買って手放さずに持ち続けた人々は、莫大な利益を手にしてきた。だが、その後我々が指摘したように、この「最高の銘柄」は1961年から62年にまたがる半年ほどで50%の値下がりを経験しており、さらに1969年から70年にかけても同程度の下落を示している。その他の成長株はさらに逆境に弱く、株価が下落に加え、収益まで減少すればそうした企業の株主たちは二重の失望を味わうことになる。
これらのことより、成長株全般が防衛的投資家にとって投資対象としてはあまりに不確実でリスクが高いと、我々が考える理由として理解してもらえるだろう。
もちろん、個々の投資家が正しい銘柄選択を行い、それを適正な株価水準で買い付け、大幅な値上げ後の来るべき下落が訪れる前に売り抜けることができれば、奇跡も起こり得る。だが今日、これはカネのなる木を探すようなものである。
これと対照的に、比較的人気のない、ゆえに合理的な株価収益率で入手できる大企業郡こそが健全な投資対象になると我々は考えるのである。
そして、その株を買うタイミングについては、上記4項目をクリアする条件のものは今すぐにでも買うべきであろう。これについては、振り返ればいつ株を買うべきだったかは分かる。しかし、売り場、買い場がリアルタイムで分かるなどと考えてはいけない。投資家は、売買のタイミングを読むことなど、事実上無理であることを肝に命じなければならない。
数年単位でみた場合、株式のポートフォリオにおいて価格変動の波を免れることはほとんど不可能である。投資家はこのことを理解し、財務的にも心理的にも備えておかなければならない。
投資家が望むことは、相場水準の変化によって保有する株式の値が上がったり、また有益な価格で株を売買することで利益を上げることである。投資家が利益を追求するのは必然的であり、理にかなったことだ。だが、その思考こそが真の意味での危険を伴うものであり、投資家を投機に駆り立てるものなのである。投機行為をするなと口で言うのは容易であるが、困難なのはその忠告を守ることなのだ。
投資に適した優良銘柄であっても、周期的に訪れる株価の大きな変動を避けることはできない。ゆえに賢明なる投資家はそうした株価の揺れから利益を得る可能性を注意深く探るべきである。そのために考えられる手法は二つある。タイミング手法とプライシング手法である。
タイミング手法とは市場の動きを予想して、今後株価が上向きそうなときは買い付けて、下げる見通しのときには売ることである。プライシング手法とは、本来の価値以下の値が付いているときに買い、実質価値以上に値が上がったら売ることである。防衛的投資家であればもちろん後者の手法を取ることが大切である。
野望に満ちてプライシングを行おうとするのでなければ、高すぎる価格を支払って株を買うことのないように努力するだけでよい。このやり方は株式の長期保有を前提とした防衛的投資家に適した方法であり、そのときどきの相場水準には必要最低限の注意を払えばよいのである。
賢明なる投資家ならば、このプライシング手法を用いれば満足いく結果を生み出せると確信している。しかし、もしもあなたが株価予想に重点を置くタイミング手法をとれば、投機家に成り下がり、投資結果も投機家のそれと同様に終わるであろう。
多くの投資家が相場予測に注意を払い、それに従って行動を起こしている。その理由は将来の株価について何らかの見解を持つことが重要であると彼らが思い込まされてきたからである。相場予測の是非についてここでは語らないが、確かなことは多くの優秀な人々が相場予測を行っており、一部の人は間違いなく正しい相場分析を行った結果としてカネを手に入れているということである。しかし、一般の人々が相場予測で儲けられるなどという考えは馬鹿げている。繰り返しになるが、一般の投資家が利益を得るためには積極的投資の誘惑を断ち切り、将来を予測するという怪しげな能力を放棄しなければならない。
株式は、その企業に対する持ち分、あるいは債券であるという認識が必要であろう。株式の売買によって利益を得ようとするなら、その人は投機的事業に乗り出そうとしていることになる。成功のチャンスをつかむには正当とされる事業原則にのっとった売買をしなければならないのである。
一般的な投資家は自分の能力に応じたところに野心を据え、投資活動を防衛的投資という安全な狭い範囲に限定するのであれば、成功をつかむために多くの資質を有する必要はない。ただし、それ以上の結果を求めるのであれば、想像以上の困難が待ち受けるであろう。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とあるように、歴史からしっかりと学んだら自分の知識や技術に勇気を持って従い、事実に基づく結論を自ら下し、その判断が正しいと判断したのなら、たとえ他人がそれに対して躊躇したり異なった考えを持っていようと自分の判断に従って行動することが重要である。みんながあなたと正反対の考えであろうとも、そのこととあなたの判断の成否とは無関係なのである。
証券の世界では十分な知識と信頼できる判断という裏付けがあれば、勇気が最高の価値を持つのである。
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ウォーレンバフェットの師匠でもある、ベンジャミングレアムによって世界恐慌を経たあとの時期に書かれた書籍。本書では企業には価値があり、それをベースに取引されるべきという、基本的な考え方を提唱しています。ファンダメンタルズ系投資家にとってのバイブルと言っても過言ではない一冊です。